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平成25年02月22日

  2006(平成18)年、国連総会で採択された「障害者の権利に関する条約」は、障がい者一人ひとりが権利の主体であり、他の人と平等に自立と社会参加を保障されるべきであるという考えに基づいています。日本では、この条約の理念を反映し、障がい者の権利保障を見直すという観点から、2011(平成23)年、国内の「障害者基本法」の改正が行われました。 

 一方で、1990年代以降、知的障がい者が被害者となる深刻な虐待事件が相次ぎ、社会問題となりました。このようなことを背景として、障がい者の虐待を防ぐための対策についての実態調査と議論が重ねられ、2012(平成24)年、「障害者虐待防止法」の成立、施行に至りました。

 2009(平成21)年に厚生労働省の事業の一環として行われた「親・支援者から見た障害者虐待あるいは不適切な対応に関する実態調査」 (※)では、次のようなデータが報告されています。

         ※主に知的障がい児者の親・支援者を対象にアンケート調査。有効回答数970件。

  • 「(わが子等が)虐待や不適切な対応をされた経験」を場所別に尋ねたところ、「ある」の回答が最も多かったのは「小・中・高など学校」(24.2%)、次いで「登下校(園)中」(14.3%)である。
  • 「(「就学前、学校(小・中・高)、登下校中」に、虐待・不適切対応を)誰にされたか」については、「担任教員」とする回答数が最も多い(126件)。

 子どもや高齢者に対する虐待についても、身近で係わる人が加害者となる可能性が高いことが指摘されています。日々密接な係わりがあるからこそ、障がいに対する理解の不足や抱え込み等による過度のストレスから、虐待や不適切な対応に陥ってしまうことがあります。

 私たち教職員は、日々子どもに係わる者として、また障がい者に対する虐待を発見しやすい立場にある者として、「障害者虐待防止法」についての理解を深める必要があります。そのことが、虐待を未然に防止し、早期発見することにつながると考えます。 

※「障がい」「障害」の表記について:現在、三重県では「障がい」というひらがな表記を用いていますが、漢字表記を使用している条約・法令等の名称、および以下の文中の表記においてはそのままの漢字表記を使用しています。

 

 

 

 

 

人が人として生きるということ ~「障害者虐待防止法」を軸に考える~

明星大学 人文学部 福祉実践学科 教授 吉川 かおり
(2013年2月作成)

 1.人と障害との関係    

 「私は、障害者としてではなく、まず人間として扱われたい」1970年代の米国で、知的障害のある女性が語った言葉です。この発言をきっかけに、世界の様々な国で展開されるピープル・ファーストの運動が生まれました。

 この言葉のもつ意味は、何なのでしょう。それはまさしく、人権とは何か、人が人として生きるとはどういうことなのかを、障害のある人たちだけでなく「障害のない人々」にも問いかけているものなのです。

 それでは、「人」よりも「障害」を先に見てしまう・見られてしまうことに、どのようなデメリットや弊害があるのでしょうか。

 多くの人は、障害のある人を見ると、その人がどういう人であるかを考えるよりも先に、その「障害」がどういうものであるか・どういう対応ができるかを考えてしまいがちです。その結果、障害のある人たちは“いわゆる”健常者とは別世界(「障害者」というカテゴリー内)に属するものとして扱われてしまい、一人ひとりのもつ個性や思いや願いに目を向けてもらえないという状況が生まれます。つまり、人権が無視されるという事態につながる危険性がとても高いのです。

 もちろん、「障害」への対応・配慮は必要なものですが、それは人が人として生きることを支えるという大前提のもとに展開されなければなりません。それをおろそかにすると、「障害者虐待防止法」で取り上げられているような虐待状況が生じてくるのです。

 

2.「障害者虐待防止法」の概要

 この法律の正式な名称は、「障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律」といいます。2012(平成24)年10月から施行になりました。

 その目的は、「障害者の尊厳を守り、障害者の自立および社会参加を推進するために虐待を防止する」ことであり、障害者の定義は、障害者手帳を取得していない場合を含め、障害および社会的障壁により継続的な支援を必要としている人となっています。

(1)障害者虐待の定義

 虐待をする人・場に応じ、親など養護者による虐待(家庭)・福祉施設従事者などによる虐待(施設)・使用者による虐待(職場)の3つが定義されています。

 学校・保育所・病院については、管理者が防止策を講じることと規定するに留まりました。この点については、法施行3年後をめどに見直しを検討することになっています。なぜ学校・保育所・病院が外れたのかというと、関係者からの反対が強く、合意形成をしていると法の成立が遅れる可能性が高かったためといわれています。これらの場所での虐待防止はとても重要ですが、体罰や指導、拘束、管理・監視と虐待との関係が整理しきれないままでは、3年後の見直しも難しいかもしれません。

 「3.虐待防止のために大切な観点」で触れている内容を、各現場でどう具体化できるか、そのためにチームで物事を考えていく仕組みをどうつくるかを検討していくことが、すべての場所での虐待防止を実現する一歩になると思います。

(2)虐待の種類

虐待の種類には、次の5つが挙げられています。

表1 虐待の種類

身体的虐待

暴行、正当な理由なき拘束

性的虐待

わいせつな行為をする・させる

心理的虐待

暴言、拒絶的対応、不当な差別的言動、

心理的外傷を与える言動

ネグレクト

著しい減食、長時間の放置、

他者による身体的・性的・心理的虐待の放置

経済的虐待

財産の不当な処分、利益獲得

 

 

 

 

 

    

(3)養護者の支援

 この法律には、養護者の支援ということが明記されています。市町村は、虐待を受けた障害者に対する保護及び自立のための措置だけでなく、養護者の負担の軽減のために、養護者に対する相談・指導・助言・その他の必要な措置を講じ、虐待の疑いがある場合には障害者を一時保護できるようになっています。

 

 3.虐待防止のために大切な観点

(1)考え方のポイント

 ①ハウツーに終始しない

 法律上、虐待の種類や内容を定義することは必要ですが、現場で障害のある子どもや大人にかかわる際には、「これは虐待か否か」というハウツーだけに着目していては、本質を見逃してしまいます。特にこれは、「子どもを育てる」という場にかかわる人々、すなわち親や保育士・教職員にとっては重要な視点です。

 ②ニーズの重なりに目を向ける

 支援者にとっての「困難事例」は支援者が「混乱している事例」だと言われることがあります。支援者にとっては、困ったことをしているのは「相手」であって、自分にとって手に負えない状況を呈している人を「困った人」だと思い、適切な対応方法をとることがますます難しくなるのです。

 このような状況が高じると、虐待になります。これを改善する・防止するためには、次の2点を考えてみることが役立ちます。

  • 人が人として生きるときに大事になること(普遍的なニーズ)を提供できているか
  • それを提供するために必要となる環境(特化されたニーズ)をどのようにして用意できるか

 子どもを例に取って言えば、前者は「障害の有無に関わらず、子どもの成長において必要とされること」、後者は「前者を達成するにあたり、必要となる特別な工夫」ということができます。

 次に、それぞれをより詳しく説明します。

 

(2)2つのニーズ

 ①普遍的なニーズ

 乳幼児期から児童期にかけての子どもにとって普遍的ニーズとは、親(養護者)との愛着形成です。安心して他者もしくは周囲の物事にかかわることのできる環境があることが、発達の基盤になります。また、トイレや食事を自分でできるようになることなど、五感を通しての外界との交流によって心身共に発達することも大事な課題です。

 児童期から青少年期(前期)には、豊かな生活体験を積む中で、「生活やコミュニケーションの技術を身につける」「仲間をつくり、対人関係の幅を広げる」「余暇の過ごし方を学ぶ」「自分の体のことを知り、不調があれば訴える術を身につける」「性と向き合う」「自分とは何かを知る」などが重要な課題となります。

 このようなことに取り組むことを通して、生活意欲を養い、生活イメージを豊かにしていくことが、大人になった時に主体的に生活していける個人をつくっていきます。

 ②特化されたニーズ

 特化されたニーズとは、上記の普遍的なニーズを満たすために必要な、特別な配慮のことです。

 例えば、言葉でのコミュニケーションを使いにくい場合、対人関係や物事の理解が深まりません。それを補うために、AAC(※1)、マカトン法(※2)、DAISY(※3)など、様々な工夫を使えば、伝えることや学ぶことの楽しさを知ることができ、生活が広がっていきます。

 スケジュールの理解が苦手な場合には、曜日を色分けした手帳や、光の点が減っていくことで時間の量を目で見て分かるようにした時計や、絵カードや写真を用いることによって、自分と外界との関係を知ることができます。

 視覚による情報を取り入れることが難しい場合には、他の感覚器官や機器を用いて目から入る情報を補っていくなど、心身機能の状態に即して必要となる配慮が、特化されたニーズへの対応なのです。

※1 AAC:拡大・代替コミュニケーションのこと。Augmentative&Alternative Communication の略。手段にこだわらず、個人が現在もつすべての能力を活用してコミュニケーションを図ることで、文字盤やシンボルの活用から、VOCA(Voice Output Communication Aids:音声出力機能を備えたコミュニケーション機器)やコンピューターの活用といったハイテクノロジーを利用したものまである。

2 マカトン法:言語やコミュニケーションに問題のある子どものために、英国で開発され世界40カ国で使われている言語指導法。音声言語、動作によるサイン、線画シンボルの3つのコミュニケーション様式を同時に用いることを基本とする。

3 DAISY:アクセシブルな情報システムのこと。Digital Accessible Information System の略。視覚障害者や普通の印刷物を読むことが困難な人々のためにカセットに代わるデジタル録音図書の国際標準規格として、50カ国以上の会員団体で構成するデイジーコンソーシアム(本部スイス)により開発と維持が行われている情報システム。

 

(3)生活問題と虐待状況

 上記のような、普遍的なニーズと特化されたニーズへの取り組みに失敗した(取り組めなかった、もしくは取り組んだが達成できなかった)場合に、何が生じるかを考えてみましょう。

 愛着形成が不全で自尊感情が低い・生活技術が全く身につけられない・コミュニケーションがうまくいかないなどは、子ども自身が生活していくうえで困難を生じさせる要因となることは明らかです。また、周囲の大人が、子どものもつ普遍的なニーズに対応できなかったり、特化されたニーズへの対応方法が分からないために力で言うことをきかせてしまうといった状況があったりすると、心理的虐待・ネグレクト・身体的虐待といわれる状態を生んでしまうのです。

 

4.気づきと点検の重要性

(1)子育て・教育状況の中で

 虐待は、人と環境(人・物)との関係の中で生じます。人が悪いのか・環境が悪いのかという二者択一のとらえ方をするのではなく、どのような「関係」が虐待を生じさせているのかを考えてみることが必要です。

 例えば、心理的安定を得るために誰にとっても重要なことの一つに、生活の見通しがある(次に何が起こるかを知っている)ということが挙げられます(普遍的なニーズ)。ところが、時間の概念や文字の理解が難しい子どもの場合、「言葉でだけ」予定を伝えられても分かりません。次に何をするのかが分からないために不安が募って暴れてしまった場合、「何度言ったら分かるの」「暴れる子は外に出ていなさい」といった扱いをしたり、拘束したりすることは、子どものニーズを無視した不適切な対応であり、虐待につながります。

 この例で重要なことは、見通しを持ちたいという「普遍的なニーズ」とそれを満たすための「特化されたニーズ」との「組み合わせが食い違っている」ということです。言葉の操作が苦手な子どもなのですから、絵や写真を使って予定を伝えるとか、すでにこなした課題に×を付けたりして予定を分かりやすくするなどの工夫をすれば、子どもが感じる不安は減るので、暴れなくて済み、周囲の大人も叱責を与えなくて済むのです。

 普段の生活の中で、このミスマッチが起きていないかどうか、点検してみると良いでしょう。

 

(2)関係者の自己点検

 社会福祉法人「全日本手をつなぐ育成会(知的障害のある人の親の会の全国組織)」では『あなたは大丈夫?~親が虐待に気づくためのハンドブック』(2010年)を発行して、まずはこの対応で大丈夫なのか、気づくことから始めましょうと親自身に呼びかけています。みなさんは、どうでしょうか?親だけでなく、保育士・教職員にもあてはまるところがあるのではないでしょうか。

身体的虐待

口で注意しても分からないので叩いて教え込む。

気に入らない言動やパニックを力で抑え込む。

みっともない・恥ずかしいので家に閉じ込めておく。等

性的虐待

わいせつな画像などを子どもへの配慮なく見る・見せる。

大きくなった異性の子どもと風呂に入る。等

心理的虐待

「何度言えば分かるの?」と言って叱る。

成人した子を「○○○ちゃん」と呼ぶ。

「そんなことをしたら施設に入れる」と脅す。

本人がやろうとすることを先走ってやってしまう。

「私なしでは何もできない」と言う。等

ネグレクト

自己決定だからと何でも好き勝手にさせている。

同じことばかり言うので無視する。

食事の不始末や失禁が腹立たしいのでしばらく放っておく。

仕事なんかできるわけないと思い込む。

特別支援学校や作業場に行かせるのは恥ずかしいと感じて行かせない。等

経済的虐待

お金のかかる教育や趣味は無駄だからさせない。

年金を本人のために使わない。

障害のある人への財産相続は、他の兄弟姉妹より少なくて構わないと考える。等

表2 親が虐待に気づくための点検項目(例)

 

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出典:『あなたは大丈夫?~親が虐待に気づくためのハンドブック』から、一部文言を修正して整理。

 

5.おわりに

 子育てや教育の現場では常に、普遍的なニーズと特化されたニーズにどう取り組むかということについての「具体化」が求められます。具体化する方法は、子どもの個性や教職員の個性、用意できる資源(物・人)によって左右されます。

 特に、障害児者の親(養護者)は、障害の存在に関連して、自身の価値観の変革や生活状況の変化を含めた、様々な変化に対応しなければならず、ストレスの高い状態におかれています。その結果、子どもへの不適切な対応が生じたり、抱え込み(子どもをいつまでも幼児扱いする)による虐待状況が生じたりする場合があります。そのような場合に、養護者を責めるのではなく支援していこうというのが、「障害者虐待防止法」のねらいの一つなのです。

 同様のことが、教育の現場でも言えるでしょう。

 2.‐(1)でも述べたように、「3.虐待防止のために大切な観点」で触れている内容を、各現場でどう具体化できるか、そのためにチームで物事を考えていく仕組みをどうつくるかを検討していくことが、教育の場を含めた、社会全体で障害者虐待を防止していくことにつながります。

 普遍的なニーズと特化されたニーズへの対応を具体化する知恵は、一人で抱えこんでいては生まれてきません。本論を題材に、関係者同士での活発な議論が行われることを期待したいと思っています。

本ページに関する問い合わせ先

三重県 教育委員会事務局 人権教育課 調査研修班 〒514-0113 
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