三重県情報公開審査会 答申第123号
答申
1 審査会の結論
実施機関が行った、本件異議申立ての対象となった公文書(以下「本件対象公文書」という。)を開示する旨の実施機関の決定は妥当である。
2 異議申立ての趣旨
異議申立ての趣旨は、異議申立人が平成14年4月9日付けで三重県情報公開条例(平成11年三重県条例第42号。以下「条例」という。)に基づき行った「三重県下、県道の踏切工事に伴う防護工事の三重県負担金の明細一覧表」との開示請求 (以下「本請求」という。)に対し、三重県知事(以下「実施機関」という。)が、異議申立人(開示請求者ではない者)の情報が含まれる本件対象公文書を、開示請求者に対して平成14年5月22日付けで行った開示決定(以下「本決定」という。)の取消しを求めるというものである。
実施機関は、本請求に際し、異議申立人の情報が含まれる本件対象公文書を特定のうえ、条例第17条第1項の規定に基づき、異議申立人に対して任意の意見照会を経て、情報を開示する旨の本決定を行った。
実施機関は本決定を行うと同時に、異議申立人に対して条例第17条第3項の規定に基づき、情報を開示する旨の通知をしたところ、本件異議申立てが提起されたものである。
なお、本請求を行った開示請求者には、平成14年6月5日付けで、本件異議申立てに係る決定に至るまで開示を停止する旨の通知がなされている。
3 実施機関の開示理由説明要旨
実施機関の主張を総合すると、次の理由により、開示が妥当というものである。
○本件異議申立人が非開示を主張する情報は「役職としての個人名」と「印影(割印を含む)」であり以下でそれぞれ開示理由を述べる。
ア 「役職としての個人名」は、商業登記簿に記載された法人代表者や役員名等のように既に公にされている情報ではないが、本件対象公文書のような当該法人の対外的契約その他行為において当法人を代表する者として権限委任された以上、その氏名については役員に準じる者と考え当然公にされ、または公になることを前提とするものである。
また、当該個人が既に異動していることから、同情報が個人の職歴の一部であるとの異議申立人の主張も個人の私生活上の権利利益を害する情報とは言い難い。
イ 「印影(割印を含む)」は、公金の支出を伴う公共工事に関する本件対象公文書が、法人の権限を委任されたものとして文書の正当性を主張するためのものである異議申立人が主張するような印影を開示することによる印影の偽造等の具体的な犯罪行為が生じるとは考えられないため条例第7条第4号に規定するような犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持,刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼす公共安全情報にも該当しない。
また、異議申立人が主張する条例第7条第3号で規定する当該法人等の競争上の地位、その他正当な利益を害する法人情報には該当しない。
なお、本件対象公文書を本請求内容から判断して個人名と印影を除いて開示しても支障がないとする異議申立人の主張も、対象公文書が条例に規定する非開示情報に該当しない限り全て開示するのが原則である。
4 異議申立て理由
異議申立人の主張を総合すると、次に掲げる理由から実施機関の決定は、条例の解釈運用を誤っているというものである。
○異議申立ての趣旨は、本件対象公文書の全ての開示を求めたのでなく、記載された「役職としての個人名」及び「印影(割印を含む)」について非開示を求めたものである。以下個々について理由を述べる。
ア 「役職としての個人名」は、契約当事者間を除く第三者において容易に知り得るものではなく、商法における当法人の代表権を有する者でもなく、支配人登記された者でもなく、本件対象公文書が作成された時点において当法人の権限を委任された役職者の個人名にすぎず、実施機関が主張するような慣行として公にされ、又は公にすることが予定されている情報とまでは言えない。
また、当該役職者については、現時点では既に人事異動等によりその役職を離れており現時点で公にされている当該役職の個人名とは異なり、その個人名を開示されれば現時点でもその役職にあると誤解が生じたり、その個人の職歴の一部を開示することになり個人の私生活上の権利利益を害するおそれがあり条例第7条第2号の個人情報に該当する。
イ 「印影(割印を含む)」は、書面の提出等を要する形式行為が伴う手続き等、極めて限定された用途にもちいられているもので、公的機関の公印は別として私企業では代表権を有しない一社員の役職を示す印章が広く社会一般に既に公にされているとする実施機関の主張に首肯できない。
また、「印影(割印を含む)」が開示されることによる印影の偽造については公印に限らずどのような印においても印影の偽造の犯罪等に供される危険を孕んでいるものであり条例第7条第4号に規定する犯罪(公印の偽造)の予防に支障を及ぼす情報に該当する。このことは、自動車売買等のそれほど経済価値が高くない商行為においても印鑑証明の手続きが広く一般に必要とされていることが如実に示しているところである。
加えて近年における公印省略あるいは捺印省略等の方法が広く採られているところであるが、単に手続きの簡素化のみならず前記の偽造の危険を回避するためでもあると思料されるところである。
このことは、純然たる私企業である当該法人の競争上の地位が害される事態が発生しかねないことは容易に想像できるもので、条例第7条第3号にも該当する。
○実施機関からの公文書の開示に係る意見照会書によると本請求内容は、個人名及び印影の開示を求めているものではなく防護工事における三重県負担金の明細一覧表であり個人名及び印影を削除したうえで開示請求者に対して開示しても何ら支障はないのは明らかである。
また、平成13年に同種の開示請求が四日市市にあったが、今回と同様に公文書の開示に係る意見照会書が出され今回と同様の意見書を提出したが、四日市市の対応は意見書の趣旨に添い個人名及び印影を非開示したうえで開示したことを付記する。
5 審査会の判断
本件対象公文書については、実施機関は、条例第7条第2号(個人情報),条例7条第3号(法人情報)及び第7条第4号(公共安全情報)に該当しないとの理由により本決定が妥当であると主張している。そこで、以下について判断する。
(1) 基本的な考え方
条例の目的は、県民の公文書の開示を求める権利を明らかにするとともに、県民県政に対する理解と信頼を深め、開かれた県政を一層推進する、というものである。条例は、原則公開を理念としているが、公文書を開示することにより、請求者以外の者の権利利益が侵害されたり、行政の公正かつ適正な執行が損なわれるなど県民全体の利益を害することのないよう、原則公開の例外として限定列挙した非開示事由を定めている。
当審査会は、情報公開の理念を尊重し、条例を厳正に解釈して、以下について判断する。
(2) 条例第7条第2号(個人情報)の意義について
本号は、個人に関するプライバシー等の人権保護を最大限に図ろうとする趣旨の規定であり、プライバシー保護のための非開示条項として、個人の識別が可能な情報か否かによると定めたものである。
しかし、形式的に個人の識別が可能であればすべて非開示となるとすると、プライバシー保護という本来の趣旨を越えて非開示の範囲が広くなりすぎるおそれがある。そこで、個人識別情報を原則非開示とした上で、個人の権利利益を侵害せず非開示にする必要のないもの、及び個人の権利利益を侵害しても開示することの公益が優越するため開示すべきものをただし書で例外的事項として列挙する個人識別情報型を採用している。
(3) 条例第7条第2号(個人情報)の該当性について
異議申立人の主張する本件対象公文書に記載された「役職としての個人名」は、特定の個人を識別され、又は識別され得る情報ではあり本号本文に該当することは明らかである。
次に、本号ただし書きに該当するか否かについて検討する。
「役職としての個人名」は、商業登記簿等で閲覧可能な法人の代表者や役員名のように別途法令等の規定に基づき既に公にされている情報ではないが、当該法人の役職者名は、人事異動の際に新聞報道されるなど、本号ただし書きイに規定するとおり、「慣行として公にされ」ている情報であると判断される。また、当該役職者は法人を代表又は代理する者として、権限を委任されたものであり、対外的には少なくとも作成文書に係る事業に関しては、当該法人の代表者又は役員に準ずる立場にあるといえプライバシー性は極めて希薄であると言わざるを得ず、保護すべき情報とまでは言えない。
(4) 条例第7条第3号(法人情報)の意義について
本号は、自由主義経済社会においては、法人等又は事業を営む個人の健全で適正な事業活動の自由を保障する必要があることから、事業活動に係る情報で、開示することにより、当該法人等又は個人の競争上の地位その他正当な利益が害されると認められるものが記録されている公文書は、非開示とすることを定めたものである。法人等に関する情報であっても、事業活動によって生ずる危害から人の生命、身体、健康又は財産を保護し、又は違法若しくは不当な事業活動によって生ずる影響から県民等の生活又は環境を保護するため公にすることが必要であると認められる情報、及びこれらに準ずる情報で公益上公にすることが必要であると認められるものは、ただし書により、常に開示が義務づけられることになる。
(5) 条例第7条第3号(法人情報)の該当性について
異議申立人は、本件対象公文書に記載された「印影(割印を含む)」が、印影の偽造のおそれがあり、法人の競争上の地位その他正当な利益が害されるおそれがあると主張している。
「印影(割印を含む)」は、文書が真正に作成されたことを示す目的で使われるものと思われるが、法人の事業そのものにかかわるものではなく、これを開示することによって,法人の競争上の地位を害するとは認められない。また、「印影(割印を含む)」を開示することにより直ちに印影偽造等の具体的な犯罪行為が誘発されるものではないから、法人のその他正当な利益を害するとは認められない。
よって本号には該当しないものと判断する。
(6) 条例第7条第4号(公共安全情報)の意義について
本号の趣旨は、公共の安全と秩序を維持することは、国民全体の基本的な利益を保護するために行政に課せられた重要な責務であり、情報公開制度においてもこれらの利益は十分に保護する必要があるとしているものである。
そこで、犯罪の予防・鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行、その他公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある情報を非開示とし、その判断の司法審査に当たっては、実施機関の裁量を尊重することとしたものである。
(7) 条例第7条第4号(公共安全情報)の該当性について
異議申立人は、本件対象公文書に記載された「印影(割印を含む)」が、印影の偽造のおそれがあり犯罪の予防に支障を及ぼすと主張している。
本号の情報は、犯罪捜査に関する情報等、当該情報が公共の安全と秩序の維持に直接関係するような情報をいう。
しかしながら、印影そのものは、上記のような情報ではなく、開示することにより直ちに印鑑偽造等の犯罪行為が誘発されるものではないから、本号には該当しないと判断する。
(8) 開示請求の趣旨について
異議申立人は、実施機関が開示請求の趣旨を誤り、開示請求者が当該法人との防護工事の三重県負担金の明細書一覧表を求めているのであって、「役職としての個人名」及び「印影(割印を含む)」まで開示を求めているのでないので、これらの情報を除いて開示しても支障がないと主張しているが、条例第7条に規定するように開示請求に対して特定した公文書に非開示情報が記録されていない限り原則開示を義務づけている。
したがって、この点について異議申立人の主張を認めることはできない。
(9) 結論
よって、主文のとおり答申する。
6 審査会の処理経過
当審査会の処理経過は、別紙1審査会の処理経過のとおりである。
別紙1
審査会の処理経過
年月日 | 処理内容 |
---|---|
14. 6.10 | ・諮問書の受理 ・実施機関に対して開示理由説明書の提出依頼 |
14. 6.21 | ・開示理由説明書の受理 |
14. 6.27 | ・異議申立人に対して開示理由説明書(写)の送付、意見書の提 出依頼及び口頭意見陳述の希望の有無の確認 |
13. 7.12 | ・異議申立人からの意見書の受理 |
14. 7.16 | ・実施機関に対して意見書(写)の送付 |
14. 7.16 | ・書面審理 ・実施機関の開示理由説明の聴取 ・異議申立人の口頭意見陳述・ ・審議 (第157回審査会)
|
14. 9.17 | ・審議 ・答申 (第159回審査会)
|
三重県情報公開審査会委員
職名 | 氏名 | 役職等 |
---|---|---|
※会長 | 岡本 祐次 | 三重短期大学法経科教授 |
※委員 | 早川 忠宏 | 弁護士 |
※委員 | 丸山 康人 | 四日市大学総合政策学部教授 |
※委員 | 豊島 明子 | 三重大学人文学部助教授 |
会長職務代理者 | 樹神 成 | 三重大学人文学部教授 |
委員 | 渡辺 澄子 | 松阪大学短期大学部教授 |
委員 | 山口 志保 | 三重短期大学法経科助教授 |
なお、本件事案については、※印を付した会長及び委員によって構成される部会において調査審議を行った。